
上下じゃなく、斜めに頼れ!味の素式 1on1「ななメンター」【後編】
味の素社で2021年より導入を開始した味の素式1on1「ななメンター」は5周年を迎え、今ではメンター枠に対して2倍の応募が集まるほど定着、人気を呼んでいます。本記事後編では、セミナーの中で参加者から出てきた質問をQ&Aとしてまとめ、味の素社 田中氏と、その取り組みを支えたビジネスコーチグループ コーポレートコーチ株式会社の佐藤氏にお話を伺いました。

Speaker
田中 大地
味の素株式会社 人事部 キャリア開発グループ
大学卒業後、金融業界を経て2016年に味の素株式会社へ入社。その後、家庭用商品の営業として、7年間従事。2023年社内公募にて、人事部に異動。味の素社(約3,600名/単体)の人財育成担当として、全社の研修の企画、運営、キャリア入社者オンボーディングやアルムナイの取組推進も含め、自律的キャリア開発支援制度、仕組みづくり、施策の検討・実施を担当。キャリアコンサルタント(国家資格)保有。

Speaker
佐藤 達朗
ビジネスコーチグループ コーポレートコーチ株式会社 HRソリューション部 2課 課長
2013年に株式会社JTB関東(現株式会社JTB)に入社し、団体旅行の営業担当として、職員旅行や修学旅行の企画から手配、添乗業務を経験。入社以来、他社牙城の学校を次々と翻し、2年目には最優秀新人賞を受賞した。その後、人の才能を引き延ばす「コーチング」に出会い、魅了され、2019年ビジネスコーチ入社。
現在はコーポレートコーチ株式会社に所属し、コーチングを軸に組織のパフォーマンス最大化に向けた支援をするとともに、自らも個人に対するコーチングを行っている。
「ななメンター」成功の秘訣
Q.社員の自発性・自律性を促すために人事や経営側が大切にしたこととは何でしょうか。
田中氏
この施策の具体的な目的を丁寧に繰り返し伝えるとともに、メンター・メンティの双方にとってメリットがあることを明確に伝えたことです。経営層が「若手の挑戦」という課題解決の打ち手として「ななメンター」を位置づけ、積極的に社内周知を行ったので、会社が重要施策として捉えているという本気度も伝わったと思います。
また、「ななメンター」を行う中で、直属の上司への情報共有をあえて行わないようにしたことも人事として意識したことです。
「ななメンター」で関わった3ヶ月間における部下の変容や情報は、直属の上司には一切共有していません。これはあくまで任意の取り組みであり、心理的安全性を担保する場だからこそ引き出せる情報があるためです。この方針が5年連続で「ななメンター」が続いている結果だとも考えており、リピートも非常に多いです。
Q.「ななメンター」がうまく回っているポイントを教えてください。
佐藤氏
私が味の素社の取り組みをご支援している中で感じたポイントですが、田中氏が話されていた”直属の上司に情報共有しないこと”のほかに、就労時間外でこの仕組みを回していることだと思っています。
味の素社の仕事柄、現場上司のご意見がかなり強いところもありました。そのため、「人事に余計なことをされたくない」「売上に直結することに注力すればいい」と、この取り組みに協力的ではない上司の方もいたでしょう。
しかしこの「ななメンター」は、業務と切り離されたコミュニティで1on1が行われています。これにより、業務に直結するものは業務時間内で、キャリアの話等は業務時間外で行う建付けとなっており、これがうまく回っているポイントです。
また、回り回って直属上司にも大きなメリットがありました。
『これまで部下とのキャリア面談で、部下から何も答えが引き出せず苦労していたが、部下が「ななメンター」に参加したことで、部下からキャリアの話が出てくるようになった』
『部下の主体性が上がった』
上下の1on1ではなく、「ななメンター」という仕組みだからこその効果だと感じています。
Q. メンターとメンティーの組み合わせは、どのように考えて決めたのでしょうか?
田中氏
メンターとメンティーのマッチングにおいて、個人の背景や主観が入った情報は一切入れません。シンプルにバリューチェーンの中で、部署ごとの母集団の割合に基づいて割り当てを行い、最終的には人事部のキャリア開発グループ内でバランスを調整します。あえて意図的にマッチングしないことも、この5年間継続している大きな要因だと考えています。
また、メンティーの期待やニーズにおいても事前にヒアリングして判断するといったことはしていません。バリューチェーンや部門の種類を考慮する程度であり、これも「ななメンター」の大きなポイントですね。
メンターに関しては、過去に関わった人や部下になった人がメンティーリストにいるかを確認し、避けてほしいというニーズのみをヒアリングしています 。それ以外のニーズについては判断する必要がないと考えており、フラットにマッチングを行っています。
Q. 「ななメンター」という施策が、社内にどのように周知されているのですか?
田中氏
私個人の経験からお伝えすると、「ななメンター」の1期目にメンターとして参加した際、自身の良い経験が若手たちに広がり、2回目、3回目のリピートが増え、「ななメンター」が広がっていきました。
また、若手のエンゲージメント向上や上司の関わり方の課題感を踏まえ、2024年の統合報告書で「若手の挑戦」を課題として掲げ、その打ち手として社長を含め経営からも「ななメンター」が発信されています。これも直近の大きな推進力になっていると感じています。
Q. 「若手の挑戦」という課題は改善されましたか?
田中氏
「ななメンター」を始めた背景には、2020年当時の若手のエンゲージメントサーベイにおけるキャリア自律やキャリアを描くことの課題、そしてコロナ禍における一時的な離職率の上昇がありました。これらの問題に対し、「ななメンター」だけでなく様々な施策が功を奏し、エンゲージメントサーベイは上昇を続け、離職率は大幅に改善しています。もちろん、エンゲージメントサーベイ以外に物理的なKPIや定量的な数字も置く必要があると考えていますが、こういった様々な施策により、味の素社でエンゲージメント高く働きたいという意識が高まっていると考えています。
Q. 「ななメンター」導入の際、レポートラインの上司をどのように説得して実施に踏み切ったのでしょうか?
田中氏
若手や社員を会社の財産と捉え、企業理念や行動指針、人を大切にするという組織風土に立ち返って話をしています。また、導入時には、人事部として「ななメンター」によってどのようなありたい姿を描きたいのかという共感の輪を広げることが重要でした。エンゲージメントサーベイと紐付け、なぜ今の結果が起きているのかという具体的な事象を挙げ、「ななメンター」が効果的な取り組みになることを経営層や上層部に愚直に説得していったことが大きいです。
この「ななメンター」の導入は最初から決めていたわけではありません。様々な施策の中から最終的に選ばれたものです。人事部としてどうありたいか、そしてそのありたい姿に共感してもらい、経営層を説得するための説明材料をエンゲージメントサーベイ以外にも準備して伝えていくことが重要だと思います。
“ななめ”以外で実施していた上下の1on1
Q.味の素社で実施している上下の1on1(上司と部下の1on1)について教えてください。
田中氏
上下の1on1は任意ですが、上司と部下が関わる手段として、CDP(Career Development Plan)面談は必須で、27~8年ほど継続して実施されています。個人目標からの棚卸しの手段として定期的に1on1を実施している人もいれば、会社で設定しているレビューの機会等を利用して効率的に実施する人もおり、それぞれの自律性を尊重しています。
Q. 上下の1on1を任意での実施としている背景には何がありますか?
田中氏
主体的に関わらない限り、行動や発言の目的、真意が伝わらないという考えが、味の素社内で醸成されていることが背景にあります。また、味の素社には昔から対話の文化(良い意味で「お節介」な文化)があるため、1on1を自主性に委ねているのです。
Q. 上下の1on1は全社のうち何割程度が行っているのでしょうか?
田中氏
定量的な数値は測っていません。
味の素社単体で約1,500人のマネージャーがおり、2023年にはその全員に対してコーチングスキル研修が導入されました。2024年、2025年には新任マネージャーにも研修でコーチングスキルがインプットされており、1on1を知らずとも日頃の会話の中で1on1的関わりができる文化づくりを目指しています。
Q. 1on1を導入する中で「やらされ感」を課題として持つ企業に対して、どのようなアドバイスや施策の提案をしていますか?
佐藤氏
「やらされ感」は人事担当者からの相談で最も多い課題の1つです。この点に関して「目的を語る」ことの重要性をお伝えしています。田中氏のお話にもありましたが、目的を理解してもらうことが何よりも大事。
特に、データサイエンスやロジカルな思考が強い企業では、「何のために」という目的が欠けると、現場の方に不要な施策だと判断されてしまうため、目的をしっかりと伝えることが非常に重要ですね。
上司に求められるコーチングスキルの標準化
Q. スキルの標準化をどのように進めてこられたのでしょうか?
田中氏
味の素社でもコーチングではなくティーチング的関わりをするメンターが一定数いる現実があります。だからこそ、コーチング的関わりが必要であることを、泥臭く関わる中で気づきを与えていくようにしています。
このスキルの標準化という点に関して、1500人のマネージャーに対して、仕組み化も含めて1年かけて一定のスキル研修を愚直に実施し、標準化の場づくりをしてきました。人事としては、コーチングスキルの活用は各自に任せつつ、部下からの突き上げによって自ら成長する必要があるというメッセージも含めた形で、研修という学びの環境を与えています。
佐藤氏
スキルという点に関して、味の素社は、現場の上司に対して「スキルを求めすぎない」ことが秀逸だと感じています。メンターとメンティーの期待値が完全にすり合った状態で施策が進行するため、不満が出ず満足度が高いです。
メンティー側の研修では、メンターがどのように関わってくれるのかを提示し、メンター側の研修でも、メンティーに伝えているメンターの関わり方を伝えています。これによりメンターのハードルが上がり、メンターの意欲向上につながるのです。
一方で、メンターがプレッシャーで潰れないよう、「メンターも人間であり、スキルは発展途上だが、成長に関与したい思いは人一倍ある」ということを両者に伝え、メンターの逃げ道も用意しています。
そのため、結果としてメンター・メンティーの認識の齟齬がなく行えているのです。
Q. スキルの標準化についてお客様からご相談を受けた際、どのように対応していますか?
佐藤氏
スキルの標準化において、ある程度客観的な指標を置いて行うことが重要になります。
例えば、AIを駆使したスキル分析ツールを用いて、その分析結果をもとに上司本人にフィードバックを行うなどです。ただ本質的には、味の素社のように上司と部下の目線合わせが重要だと考えます。
ななメンターをコーディネートしたビジネスコーチ社とは?
【ご支援内容Pick Up…研修・座談会】
味の素社の参加者がロジカルで目的思考が高いことを想定したプログラムを検討し、研修の冒頭でグループディスカッションワークからスタート。「参加目的」や「研修で得たいこと」を参加者に語ってもらい、目的を明確にしたうえでコーチングスキル習得のトレーニングを行った。
またフォローアップとして、現場の生の声をもとに座談会を実施。実際に「メンティーの反応が見えない」という相談に対して、4象限のフレーム資料を提供するなど、実践で活用できるよう細やかなサポートに注力している。
【田中氏コメント】
味の素社からの要望はオリジナルなものが多いため、それをアレンジしてくれる点を非常に評価しています。また、2022年にビジネスコーチ社のホームページで「ななメンター」を始めた経緯について社員が登壇しておりますが、その際のアレンジメントコーディネート力も高く評価していますね。
施策を実行して終わりではなく、行動定着、その先の組織変容、認識変容まで設計し、3〜4ヶ月にわたって対応してくれました。お互いに要望について愚直に語り合い、施策を実行できたことに感謝しています。
ビジネスコーチさんには、率直に対話できる環境や距離感、つまり言い合える環境(信頼関係の構築)を今後も期待しています。また現場で起きていることに対して、しっかり現場に入り込んで情報収集し、最適なアレンジを提案してくれることも期待しているところですね。
ビジネスコーチ社サイト:事例紹介「味の素株式会社」