ミドル人材に対する個別コーチングの期待が高まっているのはなぜか?【後編】

今、企業における人材育成のテーマとして、ミドル人材に対する個別コーチングの期待やニーズが高まっています。本記事では、ビジネスコーチ株式会社 取締役副社長であり、エグゼクティブコーチとして活躍する橋場 剛氏へのインタビューを通じ、前編と後編の2回に渡って、その背景から効果、また具体的手法まで明らかにします。

【本記事(後編)のポイント】
〇個別コーチングとは1対1で支援するやり方。集合研修とは異なり、相手仕様にカスタマイズした
 アプローチができ、具体的な行動までフォローすることが可能である。
〇外部コーチを活用する場合、社内の人には話しづらい内容を打ち明けやすい。また本人とは全く異なる
 専門領域の経験などをもとに、社内では難しい切り口からアプローチすることが可能。
〇個別コーチングは集合研修と掛け合わせて行っている企業が多い。新しい視点や知識を得られる
 インプット型のトレーニング後に、アウトプットを促す個別コーチングを行うことが効果的。

Interviewee

橋場 剛

ビジネスコーチ株式会社 取締役副社長
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ

大企業へのコンサルティング業務の経験を活かし、経営者、経営幹部、マネジャー、コンサルタント等、300名以上に対してエグゼクティブ・コーチングを実施し、行動変革・業績向上に寄与する。管理職研修の導入実績多数。

ビジネスコーチ社の経営に携わる一方、企業経営者、管理職に対してワークショップのプロデュース・ファシリテーション等を幅広く実施し、多くの企業経営者・経営幹部・管理職から高い評価を受けている。挑戦し続けるビジネスパーソンを応援し、リーダーと組織に活力を与えるために、人と組織の行動変革とその定着化に力を注いでいる。

1.ピープルマネジメント力を鍛える個別コーチング

では、ピープルマネジメント力向上を目的として行われる個別コーチングとは、どのようなものなのでしょうか。

橋場氏

まず個別コーチングの「個別」とは、文字通り、集合研修や1対N型と言われる教育方法に対して、1対1で支援するやり方です。そして「コーチング」は、教えることを目的とするティーチングとは異なり、相手の目標達成のために相手が持っている考えや知恵などを引き出すアプローチです。このコーチングはパーソナルな領域でも使われます。例えば「人生を豊かにしたい」「何か資格を取得したい」といった個人的な目標達成の領域ですね。

しかし、私たちが企業に対して行っているのは、ビジネス上の目標達成のために行われるコーチング(ビジネスコーチング)です。ビジネスコーチングは、例えば、一人当たりの生産性向上や、売上・利益の拡大等を目的として行われます。

この1対1で相手の目標達成を支援する個別コーチングには、大きく3つのメリットがあります。

橋場氏

まず1つ目ですが、個別コーチングは、相手仕様にカスタマイズしてアプローチすることが可能であり、言わばオーダーメイドのフォロー手法であるということです。10人いれば10通りのアプローチができるということですね。そのため、個別に抱えている課題に対してピンポイントでアクセスできるというのが、一番の有効性だと思います。

2つ目の個別コーチングのメリットとして、本音で話しやすいといった点が挙げられるかと思います。私自身がコーチとして企業の皆さまと関わる際に感じていることですが、私たちのような外部の人にさえ集合研修では聞きづらいことも、個別の空間では「こんなことを聞いてもいいのか分からないのですが…」と言って、本音で話してくれることが多くあります。大勢が参加する会議ではなんとなく発言しにくい、といったことと同じ理屈です。

周囲の目を気にしがちな集合研修とは違って、1対1の心理的安全性が担保された空間では、一見話しづらいような内容でも打ち明けやすいようです。

橋場氏

そして3つ目。これが個別コーチングの最大のメリットだと思いますが、具体的な行動までフォローできるということです。コーチングは1回きりで終わることはなく、どんなに短くてもおおよそ3回~6回のセッションで提供されることが多いです。そのため、毎回のセッションで、行動してきたことを振り返り、次に向けて何を実践するのか合意をした上で、次のステップに進んでいくというのは、個別でないとできないアプローチだと思います。

個別コーチングにおいて、今回のテーマでもあるミドル人材に多い悩みやコーチングのテーマについても橋場氏に伺いました。

橋場氏

そもそもミドル層の方々は、対応する業務の全てがマネジメント業務・管理職としての役割発揮になることはほとんどなく、プレイヤーとしての業務も担っていることが多いですよね。そのため個別コーチングのテーマとしてよく挙がるのは、育成やマネジメントの領域に関するものです。ミドル人材である自分がどのようにメンバーに関わっていけばよいのか、またメンバーとの時間をどの程度割くべきなのか、といった悩みはよく出てきます。

もちろん所属する企業によって抱える悩みも様々ではありますが、ミドル層の方々はプレイヤーとマネージャーの狭間で葛藤している人が多いため、時間の使い方やピープルマネジメントの効果的なやり方に対して、非常に問題意識を高く持っておられると思います。

2.社内ではなく外部のコーチだからこそできること

この個別コーチングについて、近年、自社内でコーチとして活躍する人も増えてきました。では、この社内コーチではなく、外部のコーチだからできることはあるのでしょうか。

橋場氏

外部のコーチだからこそできることは、少なからずあると思います。
直属の上司部下間での個別のコーチング(1on1ミーティング)の実施が多いかと思いますが、上司部下の関係性がどんなに良好だとしても、”評価する人”と”評価される人”という関係性からはおそらく離れられない。そのため、上司に対して部下がすべてを包み隠さず相談するには限界があると思っています。

私もコーチングのご依頼をいただいて対話をする中で、「今、私に話してくれている内容は、おそらく社内の誰にも相談できないことなのだろうな」と思う瞬間が非常に多くあります。人事に関する話題や人に関する話題、また評価に関する話題など、社内の人には話しづらいようなことがコーチングの場では特に話題になります。守秘義務の範囲の中で行われるコーチングだからこそ、社外の人にはニュートラルに話せる、本音で話せる、という人は少なくないのではと思います。

特にポジションが上になればなるほど孤独であり、誰にも相談ができないといったケースは多いです。そういった時に個別アプローチは非常に有効であり、“評価されるわけではなく、純粋に応援してくれる存在”として、外部のコーチには話しやすいのだと思いますね。

また、社内コーチにはない経験の豊富さも、外部コーチの魅力の1つのようです。

橋場氏

コーチングを実施する際には、コーチング対象者とのマッチングを図りますが、以前、私をコーチとして選んでくれた理由を対象者の方々から伺ったことがあります。その際に、いくつかの軸に沿ってコーチを選んでおられることが分かりました。その軸は大きく3つあり、まず1つは、「コーチの経営やマネジメントに関わっている経験値」です。2つ目は「ご本人とは全く異なる専門分野の領域に対する経験有無」。そして3つ目は「コーチングに対する学びの期間やキャリアの長さ」です。

コーチングを専門としている外部のプロのコーチだからこそ、個別コーチングを通して、社内の人材では難しいアプローチができ、新しい気づきに繋がるのかもしれません。
では、外部コーチに依頼してコーチングを実施するうえで、大事にすべきポイントとは何でしょうか。

橋場氏

この点は非常に重要な部分ですが、「やりたい人・関心のある人に機会を提供する」ことが大事にすべきポイントです。前述のピープルマネジメント力の向上を目的にご依頼いただいた大手金融機関では、コーチング対象層であるミドル人材に対して、会社が強制的に実施をするのではなく、コーチングを受けたい人に対して機会提供をするという、いわゆる「手挙げ式」で実施しています。今回は1,000人の募集枠を用意して希望者を募りましたが、大多数の人が希望され、そこに対して投資をすることを意思決定され、実施に踏み切りました。

どんな研修、どんな勉強でも、やりたくない人に対して会社から強制力を働かせたとしても、結局は何の学びにもつながりません。自ら「やりたい」「学びたい」と言ってもらえるような環境づくりは会社側が行うべきですが、 最終的に手を挙げるかどうかを社員に委ねることが、投資を無駄にしないポイントだと思います。とはいえ、例えば次期経営人材を選抜して育成していくようなサクセッションプランとなると、「手上げ式」とはいかず、しかるべき基準を充足した人に限定して会社側から指名された方々に対して実施される形になります。

3.集合研修×個別コーチング

個別コーチングは、集合研修での学びを実務へ活かすためのアプローチ。では、集合研修と個別コーチングはどのように掛け合わせていくことが効果的なのでしょうか。

橋場氏

集合研修と個別コーチングの掛け合わせは、実際に今、当社がご支援している多くの企業で導入されています。
集合研修や、当社でも提供している動画など、新しい視点や新しい知識を得られるインプット型のものを行ったうえで、アウトプットを促す個別コーチングを行うことが効果的です。

個別にフォローするということは、内省する機会を提供したり、 インプットしたことが効果的なアウトプットにつながっているのかを、他者との対話を通じて検証したりする機能として非常に有効です。だからこそ、実際に企業からも受け入れられているのだと思いますね。

個別コーチングを掛け合わせた育成施策に関するご相談も増加傾向にあるそうです。

橋場氏

集合研修やアセスメント実施後のフォロー方法について、模索している企業は非常に多く、”研修のやりっ放しは本当にもったいない”、”効果につながらない”と切実に感じています。 だからこそ、事例としてご紹介した大手金融機関では、これまでの研修中心の育成体制から個別コーチングの実施に大きく舵を切るという、非常に大きな決断をされたのだと思います。この決断はまさに、危機感の強さの表れだと思いますね。

事例では、個別のフォローに重きを置き取り組まれていますが、集合研修のような1対Nの施策に比べると、費用感に悩む企業も多いでしょう。では実際に、限られた予算の中でどのように個別コーチングを施策として取り入れたのでしょうか。

橋場氏

企業が行っている工夫としては、個別コーチングの実施回数や所要時間を限定して実施していることが挙げられます。

当社では、企業のトップや経営幹部クラスに対するエグゼクティブコーチングもご提供しており、一人あたり1~1.5時間のセッションを通常9~12回ほど行います。しかし、企業が何百人、何千人の社員に対して、エグゼクティブコーチングと同じように実施することは予算上困難です。

そのため、先ほどの事例では一人当たり1時間のセッションを3回の実施に限定して行っています。9~12回のセッションと比較すると非常に少ない回数ですが、満足度は95%超。 1時間のセッションを3回だけ行う場合でも、セッションの時間をうまく使うことができれば、研修に1回参加するよりも非常に効果的であると判断され投資をされています。

1対Nの施策に比べ、1対1の個別フォローは一人当たりの単価も高額ですが、費用対効果が高く、実践に活きやすい施策と言えそうです。

4.ミドル人材に対する個別アプローチの事例

では最後に、大手金融機関の事例のほかにも何かご紹介できる事例があれば教えてください。

橋場氏

ミドル人材に対する個別アプローチの事例として、モノタロウ社の事例をお伝えします。
モノタロウ社(株式会社MonotaRO)は、工場・工事現場向け間接資材のネット通販サイト「モノタロウ」を運営する企業です。時価総額は約1兆円を超えており、東証一部上場企業の中でも創業以来高い成長率を維持しています。

このモノタロウ社では、これまで60名以上の経営幹部の皆様、管理職の皆様に対して、一人当たり18回の個別コーチングを約1年半かけて実施してきました。その背景にあるのは「成長する企業カルチャーをつくる」ということ。事業成長に対して人の成長が追い付かないという課題感が大きく、早急な人材育成と管理職登用が必要でした。そのため、モノタロウ社が考えるポテンシャルの高い人材に対して個別コーチングを行いました。

モノタロウ社で個別コーチングを実施した際には、どのような話題が多かったのでしょうか。

橋場氏

モノタロウ社は成長スピードの速い会社であるため、対応すべき仕事が非常に多く、タイムマネジメントに苦戦している方が多くいらっしゃいました。そのため、優先順位のつけ方が度々話題に上がっていました。

多くの仕事が降ってくる中で、優先順位を間違えてしまうと、本当に重要な仕事がこなされないという結果を招いてしまいます。だからこそ、仕事の優先順位をつけるための判断基準を議論したり、先の成果を見据えて様々な角度から検証したりすることが大事です。モノタロウ社でも同様に個別コーチングの中で議論し、さらには、他社ではどのようなフレームワークを用いてタイムマネジメントを行っているのかなど、事例もお伝えしながら対話を重ねていました。

実際にモノタロウ社の管理職の皆さんと個別コーチングを実施する中で感じたのは、「意識が高い人ほど、毎回のコーチングセッションの時間を非常にうまく時間を使っている」ということです。
「今日は○○と●●について話したい」、「△△のような成果が欲しいので、××の観点から話をさせてほしい」など、コーチングを受ける方から色々とリクエストしていただきました。こういった点がモノタロウ社の非常に優れた部分であり、個別コーチングという施策がうまく機能した秘訣だと思います。

5.まとめ

今後、ミドル人材の育成において、個別コーチングの重要性はさらに高まるでしょう。企業の持続的成長のためには、単なる知識提供だけではなく、実践を通じた学びを促す個別フォローが不可欠です。企業として、効果的な投資に目を向けてみませんか。

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