【新連載】教えて吉田さん!人事キーワードの理想と現実|第1回:なぜ「心理的安全性」は都合よく使われてしまうのか?
「心理的安全性」「エンゲージメント」……。
今のビジネスシーンには、組織を良くするための「新しい言葉」が溢れています。しかし、その言葉が現場に浸透する一方で、どこか表面的な理解だけが独り歩きし、本来の意味とは違う文脈で使われてしまっている。そんな違和感を抱くことはないでしょうか。
新人編集者・中津が日々の業務の中で感じた言葉と現場のズレを解消したいという想いがあり、そこで「人事図書館」館長・吉田 洋介(よしだ ようすけ)氏にご賛同いただき、今回のコラボ連載企画が実現しました。
人事図書館は、1,000冊を超える人事・組織開発の専門書を備え、全国から人事関係者が集う「知の拠点」です。本連載では、その館長であり、膨大な文献知と現場の課題解決の両方に精通する吉田氏をナビゲーターに迎え、巷に溢れる人事用語の「真意」を問い直していきます。
記念すべき第1回のテーマは、
ビジネスシーンで幅広く使われている「心理的安全性」についてです。
「心理的安全性が低いから、何も言えません」
「優しくされることが、心理的安全性ですよね?」
広く浸透した言葉だからこそ、このような誤った使われ方をしていることも少なくありません。
今回は、そんな「心理的安全性」というワードに対し、吉田氏の本質的な視点で解説いただきました。ぜひ最後までご覧ください。

Interviewee
吉田 洋介
人事図書館 館長
株式会社Trustyyle 代表取締役
株式会社シーベース 執行役員CHRO
上海晶之道企业管理咨询有限公司 総経理
壺中人事塾 ファシリテーター
(人材マネジメント入門等著者坪谷氏と立上)
立命館大学院政策科学研究科修了後、2007年リクルートマネジメントソリューションズに入社。
海外事業立上、九州支社長、スクール事業責任者などを歴任。2021年3月株式会社Trustyyleを設立し大手~スタートアップまでの組織人事を支援。2024年4月東京人形町に人事図書館を設立。著書『「人事のプロ」はこう動く』(日本実業出版社)
優しい職場=心理的安全性が高い?新人編集者が抱いた素朴な違和感
「会社や業界内で『心理的安全性』という言葉を頻繁に耳にします。しかし、それはミスを叱責してはいけない、あるいは皆が馴れ合いで過ごすということを意味しているのではないでしょうか。この状態で、本当に組織として成果が得られるのか疑問を感じています。」
言葉の独り歩きを止める。吉田氏が語る、心理的安全性の「本来の姿」
なぜ「心理的安全性」という言葉は多義化したのか
心理的安全性は非常によく耳にするようになりました。これほど近年一般化した概念は少ないのではないでしょうか。様々なとらえ方がありますが、私は心理的安全性は語感の良さから、社員に有利な理論として社員側や人事側から広まっていったように思います。「ものを言いづらい環境を変えてほしい」、「私が辛く感じる状況を救ってくれるのでは」という期待から心理的安全性が様々な場面で多用され、意味が多義化していった、という流れです。そのことにより「この職場には心理的安全性がありません」「あの上司の元では心理的安全性がありません」といった用法が広まり、自分の都合の良いように使われる代表的な言葉とも捉えられることが少なくありません。
心理的安全性の原点:「率直に言うことが許される感覚」
改めて心理的安全性の本来の意味と、職場で本当に起こっていることを見てみましょう。
心理的安全性とは、1965年にMIT(マサチューセッツ工科大学)のエドガー・シャイン教授とウォレン・ベニス教授によって提唱された概念です。さらに1990年代後半にエイミー・エドモントソンによって言及され注目が集まりました。当初は医療チームごとのミスの発生度合いの違いから発見されたものです。「本当はあの場面で危ないと思っていたけれど、偉いドクターに何か言って間違っていたら自分の能力不足と思われるのでは」と遠慮をしているとミスの兆しが見逃され、深刻なエラーが発生してしまいます。実際に優秀な医療チームではミスを積極的に報告したり、指摘している状況がありました。このことから、自分自身に矢が向かず、目的や目標に向けて遠慮なく発言ができる「率直であることが許されるという感覚」を心理的安全性と表現していました。
「馴れ合い」ではなく、共通の目的・目標のために厳しくも誠実に伝え合える状態
さらにGoogleが2015年に実施したプロジェクトアリストテレス1により「有能なチームは心理的安全性が高い(特に影響が大きい)」という社内調査結果を発表したことでビジネス界に広がるきっかけとなりました。
この時点まで扱われてきた心理的安全性というのは同じ概念で、チームとして目的や目標の達成や実現に向けて必要な言動を恐れなくし合える状態を示しています。それは馴れ合いのチームではなく、必要な要望や確認を行い、自らのミスも率直に申告し、全員が目標に向けて集中している状態とも言えます。それは時として厳しく、率直なやりとりをいとわないということでもあります。
心理的安全性が個人の防衛的な理由で使われる職場批判や上司批判と違うこと、そしてあたたかく優しい職場とも違うことがイメージできたでしょうか。もちろん、本来的な心理的安全性とも異なりますし、その状態が成果をあげることに繋がるかどうかもまったく別な話になります。
1プロジェクトアリストテレス(Project Aristotle): 2012年にGoogle社が開始した、効果的なチームの条件を特定するための社内調査。数百万ドルの予算と4年の歳月をかけ、180以上のチームを分析した。その結果、チームの生産性に最も寄与するのはメンバーの個々の能力ではなく、「心理的安全性」を筆頭とする5つの力学であることを結論付けた。
他者批判の武器ではなく、自分たちの問題として扱う。
解決への第一歩は「自分も要因である」と認めること
では、心理的安全性を求める社員や人事の背景には何があるのでしょうか。私はそこには「私が大切にされていない」「社員が傷ついている」といった心の声があるのではないかと思っています。つまり私と上司の間に起こっている問題や職場に起きている問題に苦しんでいる。しかしそれを具体的に指摘すると自分自身も責められる可能性がある。心理的安全性という概念を使うと悪いのは私や社員にとっての心理的安全性を持っていない職場であり上司であると言い切れる。多くの場合そのような背景が実態としてあるように感じます。
その状況を乗り越えるには心理的安全性を持ち込み相手を悪者にするのではなく、私を含めた自分たちの問題として扱うことが第一歩だと思います。つまり、自分も悪い影響を及ぼしている一要因であるということを認めて受け入れることです。周囲を責めているうちは周囲も自分を大切にしてくれません。
スティーブン・コヴィー博士の『7つの習慣』にあるように「理解してから、理解される」が原則です。傷ついて苦しい私がなぜ…という気持ちもあるかと思いますが、それでも私から相手を理解する、その一歩の勇気が状況を変えうるのではないでしょうか。
編集者の気づきと内省
Coaching Times 編集者の中津です。
「心理的安全性」というワードは、メディアを運営する立場からすると非常にキャッチーで魅力的な言葉です。でも、語弊があるまま広まれば、それは誰かを責める武器や、現状に甘んじるための言い訳にもなってしまう……。第1回目にして、言葉を扱う責任の重さを感じました。
ただバズればいいのではなく、その言葉が持つ「本来の意図」や、時には「厳しさ」まで丁寧に届けること。それが、人事担当者や組織に向き合う皆さんに寄り添うCoaching Timesらしい発信なんだと気づかされました。私自身も、まずは自分のチームで「相手を理解すること」から実践してみようと思います。
「人事キーワードの理想と現実」、第1回はいかがでしたでしょうか。
言葉の真意を知ることで、明日からの職場での振る舞いが少しだけ変わるかもしれません。
次回も、巷に溢れる「あの言葉」の正体に迫ります!