株式会社三井住友フィナンシャルグループ、三井住友カード株式会社 ー林貴子氏×須東朋広氏ー 特別対談「新しい資本主義と日本の雇用の本質」                  

長らく日本企業の美徳とされてきた「家族主義」が、今、組織の成長と個人の自律を妨げる最大の壁となっています。三井住友フィナンシャルグループで変革を牽引する林貴子氏は、この「家族幻想」を超え、真のプロフェッショナル組織へ生まれ変わることこそが、新しい資本主義における日本企業の生存戦略だと話します 。

「ジョブ型」を単なる制度論ではなく、企業と個人の対等なパートナーシップと捉える林氏。経営層の「聖域化」、非プロフェッショナルなコミュニケーション、そして「終身雇用の麻薬」 といった日本の構造的な課題に対し、市場原理に基づく厳しくも誠実な解決策を提示します。リーダーシップ・キャリア論の専門家である須東朋広特任教授との対話を通じて、日本の雇用と教育が今後向かうべき、「自律」と「成果」を核とした未来像を深く掘り下げます。

Interviewee

林 貴子(はやし たかこ)

株式会社三井住友フィナンシャルグループ 執行役員グループCHRO補佐 / 三井住友カード株式会社 常務執行役員 (戦略人事/Head of DE&I)

三井住友フィナンシャルグループ(以下同社グループを総称して、SMBCグループ)において、組織変革とダイバーシティ戦略を担う。主に三井住友カードの常務執行役員として、人事制度改革、DE&I推進や採用戦略を主導。日本の雇用システムが抱える「新卒一括採用と終身雇用」「家族主義」「年功序列における生産性ギャップ」といった構造的課題に対し、オーセンティックリーダーシップと市場原理に基づく厳しくも誠実な解決策を提言し続けている。その発言は、日本企業が新しい資本主義の中で生き残るための、本質的なプロフェッショナル文化への転換を迫るものである 。

Interviewer

須東 朋広(すどう ともひろ)

専修大学 商学部 特任教授

戦略人事論、リーダーシップ論、キャリア論を専門とする研究者、コンサルタント。日経BP総合研究所 客員研究員も兼任。

日本初の人事責任者コミュニティを立ち上げ、その後4つの人事責任者コミュニティを立ち上げる。またインテリジェンスHITO総合研究所(現パーソル総研)の立ち上げに参画、HRM・組織行動領域での提言を行う一方、雇用・キャリア政策提言の分野でも活動。経済産業省や厚生労働省、文部科学省など、政府の各種委員会委員を歴任し、日本の雇用政策や人材ニーズの調査研究に深く関与してきた。

2016年から、組織内で声を上げられない社員(サイレントマイノリティ)を活かすための提言活動を展開している。最近は企業組織のインクルージョンの在り方や支援型リーダーシップなどを発信している。

新しい資本主義の必須条件:「個の自律」を核とした対等なパートナーシップ

須東氏: 本日は、SMBCグループ における人事・組織変革のキーパーソンでいらっしゃる林さんから、「新しい資本主義と日本の雇用の本質」という、大変重要なテーマについてお話を伺います。早速ですが、林さんは、現代のグローバル資本主義において、日本の雇用システムが最も変革すべき「本質」とは何だとお考えでしょうか?

林氏 日本企業は、社員を永続的に守り抱える「家族」として捉える幻想と保護主義に決別し、市場原理とプロフェッショナリズムに基づく「個の自律」を核とした組織へ転換しなければ、新しい資本主義の中で生き残ることはできないと思っています。変化の激しい時代に、持続的な価値創出の土台となるのは、「個」の市場価値向上です。強く、異なる才を持つ「個」の共創によってこそ企業価値が向上します。 但し、新しい資本主義は、単に利益を追求するだけでなく、サステナビリティと社会的な価値を重視します。そういう意味では極端な個人主義や流動性が高すぎるアメリカ型の組織ではなく、新しい形の組織運営が求められると思います。

ジョブ型の本質は「制度」ではない。「パートナーシップ」の再定義

須東氏: 「家族幻想を捨てよ」と厳しく、しかし本質を突いたメッセージです。そのプロフェッショナルな転換の象徴として、多くの企業が「ジョブ型雇用」を導入しようとしています。林さんは、このジョブ型導入の意義をどのように捉えていらっしゃいますか?

林氏: 私が考える「ジョブ型」の本質は、単なる欧米の制度を輸入することではありません。日本の従来のメンバーシップ型は、「職務不明確」な状態で、社員を組織都合で配置し続けることで、結果としてプロフェッショナルとしての個人の成長を阻害してきました。ジョブ型は、この曖昧さを断ち切り、社員一人ひとりが何を成し遂げるべきか(職務)を明確にし、その責任と権限を持たせることです。根底にある思想は、企業と個人は対等なパートナーシップであるべきだということです。

日本型「家族主義」の罪:なぜ温情がプロフェッショナリズムを破壊するのか

須東氏: その「対等なパートナーシップ」を阻害している要因が、林さんが指摘される「家族主義」かもしれません。長期的な連帯感は美点かもしれませんが、国際競争力の観点では弊害になるかもしれませんね。

林氏: おっしゃる通りです。企業は社会の公器であり、持続的な価値創出を通じて社会全体に貢献する存在です。社員は、同じ目的を共有し、それを達成するためのプロフェッショナルなパートナーであり、「家族」ではありません。年功や論功行賞でポストに就け、一度就くと成果に関わらず降格も降給もない環境は、最終的には他の社員の士気と企業の活力を奪い、組織全体のサステナビリティを損ないかねません。

須東氏: では、もし成果が持続しなくなった場合、企業と個人の関係性はどのようにあるべきでしょうか? 多くの日本企業では、成果が出なくても簡単に解雇しない、あるいはできないカルチャーがあります。

林氏日本型雇用システムで切り込む核心はそこです。 すべての労働者は、職務の対価として報酬を得ています。もし成果が持続的に出なくなった場合、企業はその職務が市場においてどのような価値を持つかという客観的な視点に基づき、関係性の見直しを行うべきです。具体的には、職務のスコープとそれに伴う処遇の変更や、より適切な職務への転換、あるいはキャリアの自律的な再構築を促すための対話とサポートを行うことが、企業として最も誠実な対応だと私は考えています。

成果なき幹部の「聖域」化が、組織の新陳代謝を阻害する

須東氏: その成果責任の曖昧さは、組織の上層部の「聖域化」が影響を与えているかもしれません。一度出世すると、成果が出なくても降格や解雇されることがほとんどない。これが危機感の欠如につながっていますね。

林氏: その「聖域化」の構造は、日本型メンバーシップ雇用の大きな歪みです。終身雇用と年功序列の極致が、トップ層の固定化を生み、組織の新陳代謝と多様な視点を阻害します。変化への適応が最も求められるはずの経営層が、最も変われない層になってしまう。これは、新しい資本主義が求める創造的破壊とは真逆の動きです。

「おうっ」という挨拶が許される組織:非プロフェッショナルなコミュニケーションの深層

須東氏: この固定化は、日常のコミュニケーションにも表れています。上司が部下に対して「おうっ」といった挨拶や「お前さあ」といった話かけ方など、プロフェッショナルな関係ではありえない不遜な言葉遣いをするのは、「お互い身内だ」「上から下への指導は許容される」という家族的な人間関係の心理が働いているからではないでしょうか?

林氏: まさにその通りです。その発言の裏には、「私はあなたを評価する立場にいる身内の上司であり、あなたは私の管理下にある」という、職務関係を超越した無意識の心理的支配構造が存在します。真のプロフェッショナル集団においては、役職に関わらず、職務と成果に対する敬意が基本です。日本企業が生産性を高めるためには、この非プロフェッショナルなコミュニケーションの「甘え」を断ち切る必要があると考えます。

「生え抜き至上主義」の限界:なぜ優秀な中途人材を経営中枢に入れられないのか

須東氏: もう一つ、構造的な問題が、経営の中枢における生え抜き偏重です。中途採用者を「余所者」として敬遠し、要職に就かせてもらえないケースがあります。

林氏: それは、「内輪」の論理が、「市場」の論理に勝っている、危険な兆候です。現代の経営課題に対処するには、生え抜き人材だけでは補えない専門的知見が不可欠です。ハイレイヤーの優秀人材を積極的に採用する企業は増えましたが、「専門人材」というラベリングのもとに特定領域における飛び道具的な使い方に限定する、あるいはアドバイザー的な扱いに終始し権限を与えないという事例が多いのも事実です。これは多様性と包摂性を否定する行為で、本来期待する組織力の向上は見込めません。これからの企業は、常に「その職務に最適な専門性を持つのは誰か」という視点で経営層の人材ポートフォリオを考え布陣を組むことが不可欠です。

「終身雇用の麻薬」からの脱却:若手登用を既得権益化させないための仕組み

須東氏: では、若手の登用についても同じ罠があるように思います。実績が伴わなくても、一度役員になると定年まで居続ける文化が変わらない限り、これは「既得権益の長期固定化」を生むだけではないでしょうか?

林氏: その通りです。実力ベースの若手登用は当然の流れですが、退場する仕組みがないままでは、それは単なる新しい世代への既得権益の付与になってしまいます。「辞めさせられることがない」という保証は、一見安全に見えますが、それは同時に「挑戦する意識を奪う最大の麻薬」でもあります。「実績が出なければ去る」という健全な緊張関係は、本来経営層にこそ厳しく求められることだと思います。

プロフェッショナルな「誇り」の再構築:アルムナイ文化と再雇用の戦略

須東氏: 終身雇用という「永遠の所属」の概念から脱却し、「アルムナイ(退職者)文化」を構築することも、このプロフェッショナル転換に不可欠ですね。

林氏: 私もそう考えています。企業は、社員に対して忠誠と帰属を求めるのではなく、「ここで働いた経験が、あなたの市場価値を最も高める」と実感できる環境を提供すべきです。社員が自社での経験を誇りに思い、外へ出てさらに成長し活躍する。新しいビジネスで連携したり、時を経て戻ってくるなど、自社に共感を持つ優秀な人材のプラットフォームが作られる。これが、プロフェッショナルな信頼関係に基づいた真のエンゲージメントの効果ではないでしょうか。

オーセンティックリーダーシップ:リーダーの「弱さ」がメンバーのオーナーシップを引き出す

須東氏: その自律性を育む上で、林さんが提唱されるオーセンティックリーダーシップが重要になるかと思います。これは「個の尊重」とどのように関連するのでしょうか?

林氏: オーセンティック(本物であること)とは、リーダーが自身の価値観、信念、弱さを含めて、ありのままの自分を開示し、誠実に向き合うことです。深い信頼関係が生まれた状態で目標を共有することで、部下は、個性を発揮できるようになります。目的を共有したら、あとは現場のメンバーが最もパフォーマンスを発揮できるやり方で進めるべきです。リーダーが細部までコントロールするのではなく、メンバーの自発的なオーナーシップを引き出す。「個の尊重」が、最終的には組織全体の持続的な成長につながるのです。

職務の陳腐化と報酬の適正化:甘い温情より、公正な市場原理に基づく対話を

須東氏: 最後に、報酬の議論です。職能が陳腐化し、職務の重要度が下がった社員に対して、高い報酬を払い続けるのは不合理ではないでしょうか?

林氏:右肩上がりに報酬があがり、一定の年齢がきたら能力や成果にかかわらず役職を外れ報酬が下がるというのは、長期雇用を前提とするメンバーシップ型組織で社員のモチベーションを維持し組織総体のアウトプットを安定化するという点で非常に効率的だったと思います。しかしビジネスモデル転換のスピードがあがり労働流動性も高まる今の世の中においては、経済合理性は全くありません。市場価値に見合わない報酬を払い続けることは、株主への背信行為でもあります。企業は、職務の市場価値を常に再評価し、個人に対し、「このスキルはもう必要ない」という厳しい現実を正直に伝える義務があります。

須東氏: その上で、企業はどうすべきでしょうか。

林氏: 選択肢は二つです。一つは、会社が必要とする新しいスキルを身に付けてもらい、別の重要な職務に就けること(リスキリング)。もう一つは、よりそのスキルを活かせる環境、つまり会社を移ることです。もちろんいずれにしても十分なサポートと猶予期間を確保することが前提です。これは、お互いの成長と企業の持続可能性のために、最も誠実な対応だと私は考えています。公正な市場原理に基づく対話こそが、これからの雇用関係の基盤となります。

企業と教育の両輪変革:「所属」ではなく「自律」を育む未来へ

須東氏: この企業側の変革は、人材供給源である日本の教育のあり方そのものにも影響を与え、変革を迫る時期に来ていますね。

林氏: その通りです。「特定の職務で成果を出せるプロフェッショナル」の必要性が高まる中、「全員が同じ速度で同じ知識を学ぶ」ことに偏重してきた日本の教育システムにも、メスが入るべきです。教育は、個人の潜在能力を最大限に引き出すことに焦点を当て、「所属」ではなく「自律」を促す教育へとシフトすべきです。企業側も、画一的な評価基準ではなく、学生が培ってきた「特定の分野における深い知識や経験」を評価することで、教育機関の変革を後押しする必要があります。企業が変わり、教育が変わる。この両輪が回ってこそ、日本は真の強さを取り戻せます。

須東氏: 「家族幻想」を捨て、「成果に基づくドライなプロフェッショナル関係」へと移行すること。これが、日本の企業がグローバル競争を勝ち抜き、新しい資本主義を体現するための必須条件だと強く感じました。本日は、「個の自律」が新しい資本主義を駆動させるという、大変示唆に富むお話を長時間にわたり伺いました。ありがとうございました。

林氏: ありがとうございました。

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