「成長しなければ」に疲れた私たちへ〜成長を、もう一度好きになるために〜
「成長という言葉は嫌いだったんですが、いまは成長っていいなと思えるようになりました。」
とある企業での半年間にわたるリーダーシップ研修。そのプログラムを終えた後、参加者の方が語ってくれた言葉です。
聞けば、これまで上司から「俺がおまえを成長させてやる」「しっかり成長しないとダメだ」とプレッシャーをかけられ続けてきたとのこと。
いつしか「成長」という言葉そのものにアレルギーを感じるようになっていたそうです。
成長とは何か──発達の視点から見つめ直す
ビジネスパーソンとして、リーダーとして、私たちは常に「成長」が求められています。会社の成長、事業の成長、そして個人の成長。現代社会では、この言葉を聞かない日はありません。
会社や事業の成長といえば、株価や売上、利益など、数値として測れるものを意味することが多いでしょう。
一方で、「成長」という言葉は、いつからかプレッシャーを帯びるようになってきました。成果を上げ続けなければならない。昨日より今日、今日より明日。少しでも早く、少しでも前へ。
気づけば、私たちは「成長しなければならない」という義務感に追われ、本来の意味での「成長」を見失いがちになっています。冒頭の彼も、まさにそのような強迫観念に駆られていた一人でした。
個人の成長とは何か
では、そもそも「個人の成長」とは何を指すのでしょうか。
新しいスキルを身につけて、これまでできなかった仕事ができるようになること。
上の役職に昇進し、より多くの部下を率いるようになること。
あるいは、資格を取得したり、専門性を高めたりすること。
もちろん、これらも大切な「個人の成長」の一部です。しかし、私たちが直面する課題の多くは、知識やスキルを身につけるだけでは解決しません。
現場で起きているのは、正解のない状況や、価値観の異なる人との協働など、一人ひとりの「見え方」そのものが問われるような複雑な課題です。だからこそ、いま求められているのは、状況の意味づけや他者との関わり方、つまり「ものの見方」そのものの変化なのです。
たとえば、主体性を発揮し自分の意見を求められながら、DEI*1・多様性を大切にし、チームの相反する意見をまとめる会議。
しっかりと話を聴けば聴くほど、自分の期待とはズレていくメンバーとのコミュニケーション。
変動性が激しく、複雑性が高い現代社会。こうした取り組みに、マニュアル的な「正解」は存在しません。また、より多くの情報をもっていれば、より良い意思決定ができるわけではありません。
現代に求められるのは、より多くを「知ること」やより多くを「できること」ではなく、「経験を通じて、より多様な視点をもち、ものの見方そのものを広げていくこと」。つまり、自分自身の認識の構造が変化していくプロセスなのです。
*1 「Diversity(多様性)」、「Equity(公平性)」、「Inclusion(包括性)」の頭文字をとった略語で、組織内の多様な個人を尊重し、誰もが活躍できる機会を公平に提供して、組織全体の価値創造につなげる考え方
「発達」という、もう一つの成長
このような変化を説明してくれるのが、「発達(development)」という視点です。
発達とは、スキルを積み重ねることではなく、世界の見え方が変わっていくプロセスのことです。
たとえば、かつては「正しい答えを出すこと」が重要だった場面で、いまは「異なる正しさの間でどう対話するか」が問われています。発達とは、まさにそのような複雑さを扱う力が増す過程とも言えます。
同じ出来事を前にしても、ある人は「失敗」と捉え、ある人は「学びの機会」と見る。その違いを生むのは、経験の差ではなく、「世界をどう意味づけているか」という認識の枠組みなのです。
この連載で扱う「成人発達理論」という分野は、この「意味づけの成長」を体系的に示してくれます。私たちがどのように世界を理解し、自分や他者、組織や社会との関係を意味づけているか。その「認識の構造」が変化していくことこそが、発達理論の扱うテーマです。
私自身の「成長」の転換
さて、改めて自己紹介をさせてください。
私はARUKUKI株式会社 代表取締役の奥野雄貴と申します。私たちARUKUKIは、「人と組織の健やかな成長と発達を支援する」というビジョンのもと、プロフェッショナル・コーチである夫婦で、人材育成や組織開発の事業を行っています。
近年では、ファミリービジネス・コンサルタントとして、人と組織のなかにおける「世代を超えた関係性の成長」にも取り組んでいます。
心理学の三大巨頭の一人であり、心理学者・精神科医でもあるジークムント・フロイトは、人生において何が大切かと問われた際に、こう答えたといわれています。
――「リーベン・ウント・アルバイテン(Lieben und Arbeiten)」、つまり「愛することと、働くことだ。」
これまで、組織や家庭などさまざまな現場で、「想いが強いほど、すれ違いが生まれる」ということを目にし、また私自身も何度も経験してきました。
良かれと思って支援したことが、相手を追い詰めてしまう。誠実な人ほど、その痛みに苦しみます。その中で出会ったのが「成人発達理論」でした。
成人発達理論は、人が経験を通して、物事の「見え方そのもの」を変化させていく、そのプロセスを体系的に示した理論です。
この視点を取り入れることで、対立や分断の奥にある「理解のズレ」が見えるようになり、人と組織の関係が少しずつほどけていく瞬間を目の当たりにしました。
私たちARUKUKIは、この理論を土台に「発達志向型コーチング」という形で、人と組織の「内側からの変化」を支援しています。それは、成果を無理に急ぐ支援ではなく、対話を通じて情緒的な関係性を育み、人の可能性が自然に育つ構造を整える支援です。
コスパやタイパが重視され、AIが思考の一部を担う時代だからこそ、人間がわからなさや葛藤を抱えながらも共に考える時間、「人間らしい時間」を取り戻すことが、私たちの願いであり、使命です。
私たちは、この人の見え方が変わる瞬間を、日々の支援の中で目にしています。こうした理念を、ARUKUKIでは組織開発やリーダーシップ研修の現場で実践しています。
結びにかえて
「発達」という視点を持つと、成長の焦点が変わります。
「何を達成したか」ではなく、「どう世界を見ているか」。
成長とは、知識を増やすことでも、スキルを磨くことでもなく、複雑な現実をより広い視点で理解できるようになることです。
視点が変わると、人との関わり方も、組織のあり方も、自然に変わっていきます。だからこそ今の時代に求められているのは、「早く答えを出す力」ではなく、曖昧さの中に留まりながら考え続ける力なのだと思います。
もしいま、行き詰まりを感じているなら、それは「成長の限界」ではなく、「発達について考えていく入り口」かもしれません。そして、そこから見える新しい世界にこそ、人と組織の健やかな未来が広がっています。
この記事のポイント
成長とは、「できること」を増やすだけでなく、見えている世界を広げていくこと。
成長の反対は停滞ではなく、「急ぎすぎること」。立ち止まる勇気の中に、人と組織が健やかに育つためのポテンシャルが隠されています。
次回は、「成人発達理論」とはなにか。そして、リーダーシップを発揮するなかで、なぜそれが大切なのかを考えていきます。
この連載が、あなた自身が立ち止まり、考えを深めるきっかけになれば幸いです。