【400Mハードル 豊田 兼選手登壇】『その問いかけが、自分を変えた』~ コーチングで紐解く、指導者と選手の“対話” ~
育成に悩むマネージャーや経営者の皆さま、
社員のポテンシャルを最大限に引き出す「問いかけ」や「対話」とは、具体的にどのようなものだとお考えでしょうか。
本記事は、陸上競技400mハードルで日本歴代3位の記録をもつトップアスリート、豊田兼選手と、彼を日本トップへと導いた恩師、外堀宏幸氏登壇の特別セミナー「その問いかけが、自分を変えた」のレポートです。
スポーツの現場で実践された「指導者と選手」の対話のプロセスを深掘りすることで、「才能」と「努力」だけでは語れない、一人の人間を長期的に育て上げるための指導哲学が明らかになりました。
インタビュアーとしてビジネスコーチ株式会社取締役副社長兼エグゼクティブコーチの橋場がセミナーの中で見出した外堀氏の育成の5つの要素、「見極め」「主体性」「長期視点」「信頼関係」「成長指標」に沿って、スポーツの世界における人材育成のあり方から、現代のビジネスにおける人材育成に活きる本質を抽出していきます。
「その問いかけが、自分を変えた」。
この記事を通じて、あなたのチームや部下の「変化」を促す、対話のヒントが見つかるかもしれません。
ゲスト:豊田 兼選手 外堀 宏幸氏

Interviewee
豊田 兼 (とよだ けん)
トヨタ自動車所属 2024年パリオリンピック・2025年東京世界陸上 男子400MH日本代表/桐朋中学・高校 陸上競技部 OB

Interviewee
外堀 宏幸 (ほかほり ひろゆき)
桐朋中学・高校 陸上競技部顧問
インタビュアー:橋場 剛

Interviewer
橋場 剛 (はしば ごう)
ビジネスコーチ株式会社 取締役副社長/桐朋中学・高校 陸上競技部 OB
<はじめに>
豊田選手から見た、恩師である外堀氏とは

「思い返してみると、いくつかの特徴的な指導があったと思っています。その一つは可能性を広げ、選択肢を示してくれるところです」
という豊田選手のハードル人生のきっかけは、中学時代の四種競技でした。複数の種目を試し自身の適性を見極める期間を経て、豊田選手が高校生になった時、外堀先生に導かれて、ハードルの世界に入っていきました。
「自分の全国大会に出たいという目標に対して、自身の適性がこっちの方向だと誘ってくれました。コーチっていう言葉の語源は馬車で導くことだといいますけれど、本当にそんな存在でした」
選手生活の中で怪我に悩まされるなど、順風満帆とは言えなかった豊田選手。良い時も悪い時も、外堀氏の声かけに励まされ、前を向けたと言います。
高校時代に日本を代表するトップ選手にまで成長した豊田選手を導いた外堀氏が、どのようなことを考え、どのように選手たちと接していったのか、言葉だけではない「対話」のあり方に迫っていきます。
<素質を見極める>
「やりたいこと」ではなく「向いていること」を。
才能開花を促す見極めと配置
トップアスリートへの道は、豊田選手自身も気づいていなかった「素質の見極め」から始まったといっても過言ではありません。
外堀氏は、中学時代の豊田選手に対して、特別に走るのが速かったり、高く飛ぶことができたりということはなくとも、「空間の中で長い手足を器用に使う」という素質を感じたそうです。そして、その素質を見て、ハードル種目へ誘ったと言います。
外堀氏のそういった「素質」を見て進む方向を示す指導は、たまたま彼にそうしたのではなく、明確な理念を持っていると言います。

「指導者にとって、本当に一番重要な仕事は、伸びる種目をやらせてあげることだと思っています」と外堀氏。
「やりたい種目と向いてる種目、どっちをやるべきかと言ったら、私は完全に『向いてる種目』をやっていくべきだと思っています。生まれ持った肉体の素養とかは変わりにくく、結局、伸びていった方が絶対に楽しくなるから、向いている種目を紹介していくことが重要です」
その言葉を聞いた豊田選手は、勧められた種目に挑戦した結果、
「高校に入って400mハードルを、初めてやってみて、得意なところで記録が出て、すごく楽しくなってきたっていうのはすごくよく覚えています」
と話してくれました。
この外堀氏の「素質の見極め」の話を聞き、橋場氏は「現代のビジネスに重要な視点として、その役割とか、その人に合った仕事を上司が選び、示せるかということ、そして任された人も任された時に快く引き受けられるかというのは、大事なことですね」と大きく同意しました。
<主体性>
それぞれの選手にとって最適とは何か。選手との徹底したコミュニケーション

「外堀先生は、自由な環境といいますか、自分の目標に合わせてやりたいトレーニングをやるというのがありましたね。大枠はもちろん先生のメニューがあるんですけど、自分のやりたいものをやることによって、主体性を育ませてくれる環境で、僕以外に高橋(慶應義塾大学・高橋諒選手)だったり、吉澤(東京大学・吉澤登吾選手)が活躍できた要因だったのかなと思います」と高校時代を振り返って豊田選手は話してくれました。
それを聞いた橋場氏から、外堀氏に「3人のトップアスリートを育てるにあたって、共通点のようなものはあったのでしょうか」と投げかけたところ、意外な答えが返ってきました。

「ひとつだけ良かったなと思う点としましては、指導者として、自分に“型”がなかったことですね」とのこと。「あの先生のところに行けば、これが学べる」ということを基準に、学生は進路を決めることがありますが、外堀氏にはそれがなく、はじめは悩んでいたそうです。しかし、結果的にはそれが逆に功を奏したと言います。
「自分の”型”が無いことには結構悩んだんですけれども、結局答えの出ないまま豊田選手や高橋選手、吉澤選手たちと向き合う中で、型に当てはめずに、その選手に応じて自分なりにカスタマイズしていきました」
そう話す外堀氏ですが、決して各選手の性格などをそれぞれの特性を見抜けていたわけではなかったそうです。
「自分自身が分からないこともたくさんあるので、自分がやってることが絶対的に正しいっていう視点に立たないようにしていて、その時その時で最適な方法を考えながら、時にはぶつかりながらお互いに納得できるまで話してやっていくということを心がけていました」
と、ご本人は意識はされていないようでしたが、まさに「対話」の力で選手たちに寄り添っていたことが伝わってきました。
<長期視点>
早期に成果を求めすぎるのは選手の可能性を阻害
本来の成長を見据えた中長期育成ビジョン
しかし、“型”が無いという外堀氏に対して、「外堀先生に一貫してあるのは」と、豊田選手はその指導の対話の先にあるものについて、話を続けてくれました。「目の前の目標に合わせるんじゃなくて、長期的にその選手のことを見て、そのはるか先を見据えているということだと感じていました。『まだまだ先があるから、あんまり焦る必要もないし、無理をする必要もない。ちゃんと目の前のものをコツコツクリアしていけば、いつか輝ける』というようなことを、中高時代からずっと言っていただいていました。大学に進学して先生のもとを離れても、それが僕の心の中に残っていて、今でも常に自身の成長を続けさせてくれる支えになっています」
それを聞いた橋場氏は、多くの学校の指導者はインターハイなどにチャレンジできるレベルに到達するため、スパルタ的になりがちなところ、一方で外堀氏が高校3年生をゴールにするのではなく、大学や社会人になって活躍する、そんな未来を見据えた指導をすることについて、外堀氏がどのようなことを意識しているのかを尋ねました。

「スポーツは、早い段階でハードなトレーニングをすれば、成果が出るというのは間違いないのですが、私は少し違うのではないかと思っています。早めにハードなトレーニングするということは、将来の成長の可能性をただ先取りしているのではなくて、本来はもっと上まで伸びるものなのに、そこに到達する前の状態で体の限界を迎えてしまうことなのではないかと思っています」
と外堀氏。外堀氏は、自身も中学3年生の時に走高跳で全国2位になるも、その後高校生活では伸び悩み、そして大学に入ってからまた大きく記録を伸ばすことになったという経験を持ち、自然とそのような中長期的な視点を持つようになったと言います。そのような視点があったことが、同じ時期に3人のトップアスリートを輩出できた要因の一つなのかもしれません。
<信頼関係>
本当の課題は何かを見出し示すこと。そして、わからない時には「わからない」と言う

「大事なことは、選手は目標を達成したいために、日頃のトレーニングを頑張っているわけなので、私たちはその選手の何が課題かをしっかり示すことだと思っています。『たぶん、なんとかなるだろう』というような曖昧な態度や言葉では、選手たちは当然納得しないわけですし、具体的にこういうところに課題があるから、こうやっていこうと言わなければなりません。ただ、その本当の課題というのは、選手が腹落ちするためには、やはり対話の中で明確にするプロセスを必要なんだと思います」
と、課題を選手に一方的に伝えるのではなく、対話の中で指導者と選手が共に見つけていくことが重要という外堀氏。そして、それに加えて、外堀氏自身での判断がつかない時には、「わからない」と選手に伝えたと言います。
この正直な「わからない」が、豊田選手の主体性を引き出したようです。豊田選手は、「先生が分からないとおっしゃったら、そこはもう自分で探すしかない。本を読んだり、他の人に聞くなり、自分を中心として競技力を上げるプロセスが生まれました」
と自らの変化を語ってくれました。
そんな豊田選手の言葉に、「信頼関係が築けてるなっていう感覚がないと、『わからない』っていう言葉は使えないんですよね。そもそもそういう土台がない中で『わからない』と言うと、選手の心には何も入っていかない。だからその信頼関係があってこそ、自分自身も言えてたんだなと思います」と外堀氏。
そんな信頼関係がどのようにして築かれているのか、豊田選手は外堀氏の日頃の接し方について言及しました。
「外堀先生は『わからない』と言いつつも、タイム計測や動画撮影など、選手が分析に必要なデータは常に供給してくださるので、あとはそのデータをもとに、自分で考えたり、人に聞いたり、行動するだけで良かったんです」
そんな、豊田選手の育成における外堀氏の接し方は、自身の専門外の領域において、自ら考える必要のある上司と部下のような、現代のビジネスシーンと重なると橋場氏は話します。

「上司の得意な領域と部下の得意な領域が違っていて、上司が葛藤するなんてことがあります。部下が成長するための、上司の接し方というのは学ぶべきところではないでしょうか」
「豊田選手が仰った通り、外堀先生が申し訳ないけども『わからない』っていう場合は、自分でわかる人に聞きに行ったりとか、自分で調べるとか、そういうふうにしてレベルを上げていったっていう感じなんですね。そうやってできることが、多分、トップ選手である所以なのかもしれませんね」
<成長指標>
「自己ベストの更新」全員が同じ指標で頑張れるものさし
指導の対象は、トップ選手だけではありません。チームの中には、競技力が伸び悩む生徒や才能を模索中の生徒もいます。外堀氏は、そのような生徒に対しても、現実を伝えた上で、全選手に共通する一つの目標として「自己ベストを更新すること」を掲げています。
「自己ベストというのは、全員が同じ指標で頑張れる物差しですので、ここだけは譲らないようにして、『とにかく自己ベストを更新しよう』ということを皆に強調しています」と話す外堀氏。
さらに、外堀氏は陸上を通して学生たちにどのようになってほしいか次のように語りました。

「(豊田選手のようなトップアスリートに限らず)中学、高校を卒業した後に、自分の足で夢に向けて進んでいける人になってほしい、この一言に尽きるかなと思います。誤解を恐れずに言うと、陸上競技をやってる間、記録の向上がない中で人間的成長っていうのはあるのかなという気持ちも正直どこかにあります。記録を伸ばしていくためには、自分の弱いところに向き合ったりとか、目標に向かって工夫したりとか、本当に総合的な作業になります。それは、生きていくことと大きくは違わないんじゃないかと思います。自己ベストを更新させていくことを通して、何か目標に向かって自分を変えていったり、突き進むことを覚えてもらいたいです」
<まとめ>
最後にエグゼクティブコーチ橋場氏より
「おそらく豊田選手のものすごい努力もあったし、才能もあったとは思うんですけども、たまたま同じ時期に、一人の師の元から三人も日本チャンピオンになるっていうのは、私としては(傑出した成果を出されたという意味において)あり得ないことだと思っています。きっと、外堀先生のご指導とか、関わり方のポイントがあったんではないかなという仮説を持って今日はお話を聞かせていただきました。豊田選手と指導者としての外堀先生との対談を通じて、「人を育てる」ことの本質を皆さんと共有できたのではないかと思います」と橋場氏。

「最後に私が捉えた範囲で学べたことを、5つのポイントに絞ってお伝えさせていただきたいと思います。
一つ目、人材育成にも生かせるポイントだなと思った最初のポイントとして「見極める」というキーワードです。まさに外堀先生が豊田選手の人柄含め、その運動能力をしっかり見られた上で、見極められて、適した種目を勧めていかれたということ。それは今の企業における人材マネジメントでも、すごく問われているところだと思います。
二つ目に、私が非常に印象に残ったところが、豊田選手も外堀先生もお話してくださった、力を発揮してもらう上で、信頼関係がすごく重要だということ。信頼関係を作っていくためには、それなりのコミュニケーションの量や、対話が必要で、一朝一夕にはできません。これは企業の中でも、いわゆる「1 on 1」が当たり前になっているように、信頼関係を作るための対話を引き起こす仕組みとして取り入れられており、スポーツの世界とも同じことなのだと改めて感じさせていただきました。
それから三つ目が、外堀先生が言われていた、タイムラインを決めず、中長期的な視点で育成を考えるということ。外堀先生から教えていただいたのは、高校が3年生で終わるからといって、その人にとってのゴールはそこではなく、大学生、さらにその先もあるわけです。選手の先の人生を含めて、最終的にどういう人になってもらいたいか、高い視座と広い視野で見ていくことが重要なのだと改めて考えさせられました。
四つ目は、”コーチング” にも関連するんですが、外堀先生がご自身のやり方を押し付けるのではなくて、いかに豊田選手や他のアスリートに合ったやり方を取られているか、ご本人の主体性を引き出すことを後押しするか、そこに力を使われてきたということがポイントとしてあったと思います。
そして最後、五つ目に、一番私の印象に残ったのは、陸上競技に関してポイントになるのが、「自己記録を出していく」ということですね。ある意味、今の企業における人材育成でも当てはまるところだと思います。ハイパフォーマーの方がいる一方で、思うように結果が出ない人もいます。それぞれにとっての目標が何なのかを考えて、どのようなアプローチをしていけばいいのか、対話を通して見つけていくこと、それも改めて豊田選手と外堀先生から教えていただいたところだと思います。
今回のお二方の対話の中から、現場の人材育成やマネジメントに活かせるところがあれば、ぜひ活かしていただければと思います。ありがとうございました」
- 見極め: 才能を初期段階で見抜き、最適な役割を与える勇気。
- 主体性: 答えを教えず、「問いかけ」で自ら考える力を育むこと。
- 長期視点: 目先の結果ではなく、部下の長いキャリアを見据えること。
- 信頼関係: 個別の時間とエネルギーを注ぐ「行動」で信頼を築くこと。
- 成長指標: 誰もが取り組める「自己ベストの更新」を促し、全員の自己効力感を高めること。
