【セミナーレポート】「人事のプロ」と「自分らしさ」~第一人者が語る、人事の葛藤の越え方~
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2026年3月、ビジネスコーチグループ B-Connect株式会社主催の特別セミナーが開催されました。テーマは「人事のプロに求められる自分らしさ」。
人事界の第一人者である、人事図書館館長の吉田 洋介氏と専修大学特任教授 須東 朋広氏をゲストにお呼びして、講演や対談を行っていただきました。
AIが論理的な正解を導き出す時代において、人事担当者が「自分らしさ」をどう組織に接続していくべきか。熱気あふれる会となった当日の様子をレポートします。
登壇者:吉田 洋介 氏、須東 朋広 氏

Interviewee
吉田 洋介
人事図書館 館長
株式会社Trustyyle 代表取締役
株式会社シーベース 執行役員CHRO
上海晶之道企业管理咨询有限公司 総経理
壺中人事塾 ファシリテーター
(人材マネジメント入門等著者坪谷氏と立上)
立命館大学院政策科学研究科修了後、2007年リクルートマネジメントソリューションズに入社。
海外事業立上、九州支社長、スクール事業責任者などを歴任。2021年3月株式会社Trustyyleを設立し大手~スタートアップまでの組織人事を支援。2024年4月東京人形町に人事図書館を設立。著書『「人事のプロ」はこう動く』(日本実業出版社)

Interviewee
須東 朋広(すどう ともひろ)
専修大学 商学部 特任教授
戦略人事論、リーダーシップ論、キャリア論を専門とする研究者、コンサルタント。日経
BP総合研究所 客員研究員も兼任。
日本初の人事責任者コミュニティを立ち上げ、その後4つの人事責任者コミュニティを立ち
上げる。またインテリジェンスHITO総合研究所(現パーソル総研)の立ち上げに参画、HRM・組織行動領域での提言を行う一方、雇用・キャリア政策提言の分野でも活動。経済
産業省や厚生労働省、文部科学省など、政府の各種委員会委員を歴任し、日本の雇用政策や
人材ニーズの調査研究に深く関与してきた。
2016年から、組織内で声を上げられない社員(サイレントマイノリティ)を活かすための
提言活動を展開している。最近は企業組織のインクルージョンの在り方や支援型リーダーシ
ップなどを発信している。
なぜ今、「人事自身」に寄り添う場を企画したのか
「本編に入る前に、主催のB-Connectがなぜこの場を企画したのか、少しだけお話しさせてください」
司会を務めた私たちのこの言葉から、当日のセミナーは幕を開けました。
弊社は普段、人事の皆様のパートナーとして、研修やコーチングなどの施策を共に推進しています。しかし、現場で深く寄り添う中で見えてきたのは、他でもない人事の皆様ご自身が、自らの「在り方」に深く悩み、葛藤している姿でした。
今回共催として多大なるご協力をいただいた『人事図書館』の吉田様からも、同じように悩む人事の方の声を多く伺っていました。
いつもは「組織のための人事」を支援している私たちですが、今日は一歩踏み込み、「人事の皆様個人」に寄り添いたい。そんな強い想いから、今回の場は生まれました。
人事は「支援者」か、それとも「当事者」か
(第1部:吉田 洋介 氏)

第1部では、人事図書館館長の吉田洋介氏が登壇しました。
スライドに映し出されたのは、社員の半数以上が、人事を「頼りになる存在でも、頼りにならない存在でもない」というデータでした。
現場からは「手続きをこなす部署」「建前ばかりで本音が見えない」と言われ、一方で経営陣からは「人事はいつまでたってもわかってない」と信頼を失っていく。その背景には、人事と経営の「決定的な視点のズレ」があると吉田氏は指摘します。
たとえばエンゲージメントスコア。人事は「今年は3.9だったから来年は4.1を目指そう」と数値を高くすることに注力しますが、経営陣の本音は「必要以上に大事な人が辞めていなければOKじゃないか」と冷めていたりします。人事制度も同様に、人事は「精緻で整ったもの」を作りたいと思いますが、経営陣は「必要最小限のコストで効果が出るもの」を求めているのです。
なぜこのようなズレが起きるのでしょうか。吉田氏は、「人事自身が自らを『支援者』という立場に置き、そう思って仕事をしているからだ」と話します。事業を推進する人を「サポートする」というスタンスでは、どうしても「人」の顔色ばかりを見てしまいます。
(吉田氏)「人事は支援者ではなく、当事者でなければなりません。あれこれ考え抜いた上で、最後は合理性なんてないんです。『わからないけれど、私が考え抜いた挙句、こっちが良いと思った』と言い切れる、全身全霊の自分自身を使い切らないと、この変化の激しい時代はやっていけません」
「人事という役割」の背後に隠れるのではなく、ひとりの人間として「私はこうしたい」という意志(=自分らしさ)を掲げること。それが、人事のプロが実践していることだと思います。
「減点主義」を捨て、人事自身の“わがまま”を解放せよ
(第2部:須東 朋広 氏)

続く第2部では、20年以上にわたり人事コミュニティを見つめてきた専修大学特任教授の須東朋広氏が登壇しました。
須東氏はまず、日本的人事の弊害として「失敗を許さない風土」と、それに伴う「減点主義」を挙げました。これがリスクを取らない管理職を生み出していると同時に、「人事自身が、会社が求めている『正解』や評価ばかりを気にしすぎていないか?」と鋭く問いかけます。
社会構造は劇的に変化しています。須東氏のデータによれば、1970年以前は製品のライフサイクルが5年以上続くものが約60%を占めていましたが、2000年以降は1年未満で終わるものが約20%にものぼります。「作れば売れる時代」から、「売れるものをつくる時代」へと完全にシフトしたのです。
この正解のない時代にイノベーションを起こすには、多様な人同士が議論し、アイデアを昇華させることが不可欠です。そこで重要になるのが、「インクルージョン(包摂)」という概念です。
須東氏は、インクルージョンを「『帰属感』と『自分らしさの発揮』が両立し、メンバーとして尊重されている状態」と定義しました。同化を強要するのではなく、違いを価値として認める組織です。
(須東氏)「活躍している人事のプロは、ある種の『わがまま』を仕事に持ち込んでいます。会社が求める正解ではなく、自分が失敗してもやり続けられる好奇心こそが、専門性の源泉になるんです」
人事が自らの「減点主義」を脱ぎ捨て、自分自身の好奇心やわがままを解放し、対話を通じて個人の力を引き出すこと(インクルーシブ・リーダーシップ)。それこそが、新しい組織を作る鍵となります。
正解はAIが出す。人間は「意思決定者」になれ
(第3部:特別対談)

第3部では、「人事の葛藤とAI時代の人間らしさ」をテーマに、お二人による対談が行われました。
リアルな葛藤:会社の論理 vs 個人の思い
吉田氏が運営する「人事図書館」には、日々多くの人事担当者が悩みを抱えて訪れます。その中でも根深いのが、会社の正論と個人の思いとの間にある葛藤です。
「採用担当が必死に採った人を、事業の停滞で解雇しに行かなければならない憤り。メンバーが倒れているのに、経営陣から『辞めるなら新しい人を入れるチャンス』と研修を却下される絶望。透明性のある制度を作ろうと同意していたのに、最後に経営陣から『全部見せるのはやめよう』とひっくり返される虚しさ……」。
吉田氏が語るリアルな実態に、会場の人事担当者たちは深く頷いていました。
AI時代、「作業者」か「意思決定者」か
かつての科学的管理法のように「会社の歯車」として働く時代は終わり、これからは個人の能力を100%発揮してもらわなければ組織が成り立たない時代です。では、AIがあらゆるタスクを代替していく未来において、人間に残される価値とは何でしょうか。
須東氏は、「人間は『意思決定者』と『作業者』に分かれます。意思決定者にならない限り、ずっと作業をやらされることになります」と警鐘を鳴らします。
人を動かすのは、AIの「最適解」ではなく人間の「熱量」
では、意思決定者になるとはどういうことか。
吉田氏は、これこそが「自分らしさの塊」だと語ります。
「AIは瞬時に『いい感じの選択肢』を出してくれます。でも、それが出た瞬間に冷める感覚ってありませんか? 人間がパワーを発揮し、心が動くのは、『3日3晩寝ずに考え抜いて、この会社のためにこれがいいと思った』とひねり出したものに対してなんです。最適な選択肢を選ぶよりも、みんなが本気であることの方がパフォーマンスが出る世界がある」。
須東氏もこれに呼応し、「自分がやりたいと思うことを泣きながらでも説く。その姿こそが自分らしさが発揮できている状態であり、結果として世の中を動かすウェーブになる」と力説しました。
AIが生産性の天井を引き上げる中で、それに流されず「人間らしく生きていくスタンス」をどう保つかが、これからの人事の分岐点になりそうです。
他社の人事と葛藤を分かち合う、熱を帯びた対話の時間
対談の熱も冷めやらぬまま、会場では「自分らしく人事として働くを考える」というテーマで対話が行われました。
講師のお二人にも対話に参加していただいて、積極的に質問が飛び交いながらも、参加者の皆様の「自分らしさ」が少しずつ引き出されてきました。ざっくばらんにお話しいただく中で、普段あまり関わることのない他社の人事の方との貴重な交流の場となり、社内でのリアルな葛藤なども共有しながら、皆さんご自身の「自分らしさ」を悩みながら引き出していました。
終了後のアンケートでは、「満足度100%」を記録。寄せられた声の一部をご紹介します。
「『人事は支援者ではなく当事者である』という言葉にハッとしました。AIには出せない、自分の『人間臭い熱量』を明日からの1on1にぶつけてみたいと思います」
(30代・IT企業人事マネージャー)
「制度を整えることばかりに必死でしたが、それは批判されないための守りだったのかもしれません。まずは自分自身がインクルーシブ・リーダーシップを体現することから始めます」
(40代・製造業人事担当)
「キャリアに悩んでいましたが、自分の『わがまま』や好奇心を大切にしていいんだと勇気をもらいました」
(20代・ベンチャー企業人事)
終わりに:AI時代における人事の新たな価値と「自分らしさ」
本セミナーを通して改めて出てきたのは、論理的な正解や効率的な制度設計がいずれAIに代替される時代において、人事担当者に求められる役割が大きく変化しているという事実です。
「組織のため」という枠組みや役割にとらわれるのではなく、一人の人間として悩み抜き、決断する「人間臭さ」や、自らの好奇心に基づく「わがまま(自分らしさ)」。それこそが、これからの組織を動かし、イノベーションを生み出す最大の原動力となります。
私たちB-Connectは、今後も人事の皆様の伴走者として、それぞれの「自分らしさ」を引き出し、共に組織開発を推進していくための支援を行ってまいります。
今回のセミナーが、皆様の明日からのアクションに向けた一つの契機となれば幸いです。

左から、専修大学特任教授 須東 朋広 氏
Coaching Times 編集部 中津
人事図書館 吉田 洋介 氏