【前編】ソニー国内外における、職場の成長を支援する人事担当者を育成する方法
INDEX
近年、経営戦略と人事戦略を連動させ、実行するための「人事」としての役割がますます高まっています。一方で、「人事」は現場を知らない、現場から遠い存在と認識され、職場との連動がうまく進まないということもあるのではないでしょうか。
今回は国内外で人事を経験し、現在はSony Electronics Singapore Pte. Ltd.でアジアパシフィック地域のHRヘッドとして活躍する髙田直樹氏にお話を伺いました。

ゲスト:髙田 直樹 氏

Interviewee
髙田 直樹
Sony Electronics Singapore Pte. Ltd.
HR Centre Director / AMEA Region HR Head
2007年ソニー株式会社に入社。入社後はソニー株式会社の新卒採用を担当。2010年にグループ会社に異動し、評価報酬・昇格制度の運用、人事異動計画、人材育成、労務案件等、幅広く人事業務を担当。マーケティング研修やコーチング研修の導入や、ソニーストア福岡・ソニーストア札幌の出店時の人事を担当。2017年にソニー株式会社の人事企画部労政グループに異動し、ソニーの働き方改革、在宅勤務制度の拡充、不妊治療やがん治療における両立支援制度の導入等を担当し、2018年7月から労政グループの統括課長を就任。ソニー株式会社の人事制度の企画・立案、労働組合対応、M&A対応、法改正対応等、新型コロナウイルス対応の各種人事施策・職域接種を担当。2022年2月から、アジアパシフィックのリージョンHRヘッドとしてシンガポールに赴任し、主に10カ国(韓国、台湾、オーストラリア、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、ドバイ)の人事全般を担当。
ソニーグループの人材戦略と、そこから見えた人事育成の課題

ソニーグループが掲げる人材理念「Special You, Diverse Sony」。これは、異なる個性を持つ一人ひとりと、多様な個を受け入れるソニーがグループ共通のPurposeを中心にともに成長していくことを意味しています。この理念をベースに、ソニーグループ各社では「個を求む」「個を伸ばす」「個を活かす」という3つの軸で人事戦略を運用し、社員のポテンシャル最大化を図っています。
| 戦略軸 | 目指す姿 |
|---|---|
| 個を求む | 挑戦心や成長戦略に満ちた人材の確保・登用により、多様な経験や挑戦の機会を提供する |
| 個を伸ばす | 社員が個性を最大限に発揮できる機会の提供や育成を支援する |
| 個を活かす | インクルーシブな働きやすい職場づくりにより、社員のエンゲージメント向上を図る |
社員の入社から退職に至るまでのあらゆる人事業務(人事制度やイベント)をマッピングして、その活動を可視化した際、髙田氏は重要な課題に気づきます。

(髙田氏)「このアクティビティ(活動)は、あくまでも対人事以外の職場の方々、社員の方々に対する人事業務の提供だったんですね。こういう可視化をした時に、ふと、私の部下をどうやって育成すべきなんだろうかというところに気づきました」
すなわち、人事部門は、対ビジネス・対社員への施策は綿密に設計しているものの、人事担当者自身に対する体系的で戦略的な育成プログラムが不足しているという、部門内の育成課題が浮き彫りになったのです。
この課題を解決するため、シンガポールでは「HR Boost」をメインとした4つの活動(チームビルディング、海外エクスチェンジ、自己学習、そしてコーチング)が実行に移されました。
■アクティビティ
①HR Colaborate & Celebrate
…四半期に1回、チームビルディングを人事内で実施
②HR Learning Loop-Overseas Exchange
…シンガポールのメンバーがソニーグループ内の他の地域・国の人事業務に肌で触れてもらえる機会の提供
③HR Learning Loop-Self Learning
…自己学習を促進
④HR Boost
…次期リーダーを期待される方々に対し、髙田氏がコーチとして関わるだけでなく、コーチングのスキルレクチャーを実施。
このHR Boostが、まさに髙田氏が人事の育成としてより成果を上げた「コーチングの実践」なのです。
コーチングとの出会い
髙田氏が人事育成の「核」としてコーチングを選んだ背景には、自身の強烈な行動変容の実体験があります。
髙田氏がコーチングに出会ったのは2015年のソニーマーケティング株式会社にて、人事総務部の担当者として務めていた時。目の前にある業務に邁進するため、日々奮闘しながら過ごす中では、目的を持って行動するという意識はあまり持てていなかったそうです。そのような中で学んだコーチングは髙田氏自身のマインドと行動を大きく変化させました。

(髙田氏)「ビジネスコーチ社のコーチング研修を受けるまで、コーチングがどういったものかほとんど知りませんでした。しかしコーチングの手法を学び、自分自身の行動をどうやって変えていくのかを自ら体験した結果、私自身が大きく変わったんです。」
研修での学びとコーチングの受講体験により、5年後、10年後にはどのような状態になっていたいのか、そのために何をするのかを毎日毎日振り返りながら、自然とPDCAを回していく習慣が身についていったと話します。
単なるスキルや知識の習得ではなく、「目的を持って生きる」という根本的な意識改革が起きたのです。
なぜ「まずは人事から」なのか
人事に必須のスキル定義
髙田氏にとって、この自己の行動変容を促したコーチングは、単に個人的な成長ツールに留まらず、人事として社員のキャリアを豊かにするための必須ツールとなりました。
髙田氏が人事として最も重要視するミッション。それは、「社員のキャリアを豊かにするための人事制度を作ること」であり、その原点には「働くことの楽しさ」があります。
(髙田氏)「仕事していると、1日24時間しかない中で、うち半分くらいは仕事をしています。その半分が楽しくないと、自分の人生の半分も楽しくないし、とても不幸だなと思っている。なので、少なくとも私は自分の部下に対して楽しい職場、楽しい環境をつくることにコミットしています。」
このミッションを果たすためには、人事担当者の育成が必須であり人事担当者としてのスキルを磨いていかなければなりません。
そこで髙田氏は、自身がコーチングによって目的意識を持つ「行動変容」を達成した経験から、「コーチングのスキルは、人事の基本的なスキルセットの1つである」と定義しました。
国内外での人事部門へのコーチング導入
人事の基本的なスキルセットの1つとして髙田氏が捉えたコーチングですが、コーチングスキルの習得による具体的な狙いは以下の2点に集約されます。
①人事メンバー自身の行動変容の実現
②対職場・対社員と接する際の手法、ツールとしてのコーチングスキル習得
メンバー自身がコーチングの手法やスキルを使って、社員との面談やリクルートメントインタビューの実施、また人材育成プログラムの構築といった活動をしていくことを最終的なゴールとして髙田氏は考えています。
実際、髙田氏自身も2015年に学んだコーチングの手法やスキルは、その後も様々な場面で効果的に活用できているそうです。
髙田氏が明確に人事部門へのコーチング導入を意識したのは、2018年、ソニー株式会社で人事企画部労政グループの統括課長に就任し、自身のチームに異動してきた若手社員の育成としてコーチングを実施した時。1年近く毎週のようにコーチングとフィードバックを行い続けた結果、明らかに若手社員の行動が変わり、成長した経験でした。
この経験があったからこそ、シンガポール(Sony Electronics Singapore)へ異動してから、同じようにコーチングでメンバーの育成ができないかと考えたそうです。

(髙田氏)「シンガポール人のメンバーと接していく中で、あまり国籍は関係なさそうだなと思いました。また全世界共通のツールでもあるコーチングに対してメンバーも非常に前向きで、実施を決意しました。」
コーチング実践 ― 言葉のイメージと実践のギャップ
シンガポールの人事メンバー育成のために導入したコーチング。
具体的な育成施策として、次期リーダー層に対し、コーチングの概念とスキルをレクチャーし、1年間のピアコーチングを実践しました。
この実践を経た人事メンバーからは、以下のような反響が得られました。
- 「(実践してみて)すごく難しさを感じた」
- 「どうやって相手に自分の思いを伝えたり、相手の思いを引き出したりするのかを初めて意識して対話した」
- 「どうすればコーチングスキルを自然と使えるようになるのかが分からない」
この反響の裏には、日本においてもよく見受けられる、グローバル共通の課題がありました。それは、「コーチングという言葉に対するイメージ・先入観」です。

(髙田氏)「皆さん、コーチングっていう言葉は知ってるんです。例えば、傾聴やアクティブリスニングが大事など、だいたい理解しています。しかし、フィードフォワードやチャンクダウンといった具体的な手法やスキルになると、全然ついていけない。人事部門に勤めている人材でさえ、ジョハリの窓といった非常に有名な心理学モデルを理解していない人もいます。
コーチングって、なんとなく”ただ聞けばいい”みたいに思っていて、コーチングというワードの先入観で捉えてしまっている。 実はコーチングというものを分解していくと、様々なスキルで構成されているため、これまでのイメージを取っ払い、まずそこを説明して理解をしてもらうことにとても苦労しました。」
「傾聴」や「アクティブリスニング」といった表面的な知識ではなく、「フィードフォワード」や「チャンクダウン」といった具体的なスキルを体得するためには、この「概念の理解と実践のギャップ」を埋める、集中的なトレーニングが必要でした。
人事の役割 ― 「ビジネスを知る」ためのコーチングスキル活用
髙田氏がコーチングを人事の必須スキルと定義するもう1つの理由に、人事部門が現場から求められる「ビジネスへの貢献」において、コーチングは有効なツールであることが挙げられます。
これまで多くの方が、「人事部門は自社のビジネスに対する理解が不足している」といった経営層や現場からの評価の声を耳にしたことがあるでしょう。髙田氏はこの点について明確な見解を述べています。

(髙田氏)「人事がビジネスを理解しなければならないのはマストだと思います。ただ、人事がビジネスを経験する必要がマストかというと、そうではないと思います。
私自身は人事以外の職種を経験したことはありませんが、人事という職種はすべての職種の方と対話できる唯一の職種であり、その対話を通じて、現場で働く方々の仕事内容や役割を知ることができると考えています。」
つまり、コーチングを学び習得した高い傾聴力や質問力を活かした各職場の方との対話を通じて、業務内容やビジネスの仕組みを「疑似体験」として習得し、ビジネス全体を俯瞰的に把握する能力を飛躍的に高める武器となるのです。
髙田氏はソニーマーケティング株式会社で担当者だった時代、そもそも法人営業とは何か?どのように利益を上げていくのか?など、自身が所属する会社のビジネスや仕組みについてあまり理解できていなかったそうです。だからこそ、当時、法人営業の現場に毎日のように通い、”忙しいから教える時間はない”と言われながらも
「ビジネスを知らないとサポートできない。だから全部教えてください。そのうえでどうやって皆さんの部署に貢献できるかを考えたい」
と粘り強く対話を重ね、ビジネスに対する理解を深めていったと話しています。
強い組織づくりのための戦略
人事部門の育成施策を一過性のものにせず、部門として継続性を担保し、影響を拡大していくための戦略も重要です。
髙田氏は、以下の戦略により育成の輪を広げています。
1.部門内での継続性担保:「分身づくり」
…取り組みを一過性で終わらせず、次の世代が育成を継続できる体制づくりのため、
自身の役割を担う人材の育成
2.対象の拡大(波及):
…自身の配下のメンバーに実施したコーチング研修を、東南アジアのHRヘッド層へと展開
Z世代への対応と「生きがい」を通じた内発的動機づけ
世代間ギャップに対するマネジメント手法の変革の必要性
コーチングによる対話スキルは、組織の未来を担うZ世代へのマネジメントにおいても不可欠である一方で、明らかに今のマネジメント陣におけるチャレンジになっています。

(髙田氏)「これまでの、成功体験に基づいたコミュニケーションで、”自組織のメンバーとうまく関係性が築けている”と今のマネジメント陣は思いがちのように感じます。本当に、その手法が正しいか今一度レビューした方が良いと思っています。」
この状況は、国籍関係なく、日本もシンガポールも同様の状況になっているのだそう。
「これまでのコミュニケーションでは通用しない」という前提に立ち、何がいけなくてどうしたほうが良いのかまで、トータルパッケージでの丁寧な説明が必要であり、髙田氏は現在も、シンガポールのマネジメント陣に対して伝えているそうです。
全世界的に開催されている「IKIGAIワークショップ」
世代間ギャップという点において、髙田氏はそれぞれが大切にしている働き方や生きがいを見出すワークショップ(ウェルビーイング施策)も開催されています。
このワークショップの目的は「働いている時間が、いかに自分の人生を豊かにし、楽しめるか」という軸で、働くことにおける「生きがい」を改めて見つけ、パーパスと連動させることです。これにより、社員一人ひとりの内発的な動機づけとエンゲージメントを高めることを目指しています。
元々は、シンガポールのメンバーからの声がきっかけで開催をしたそうですが、働くうえでの自分自身の生きがいとは何か?を考えるのは意外と難しい。しかしそれをきちんと自らの言葉で定義し、実務に落とし込んでいくこと、またその過程を通して生きがいの実現を図れるよう、マネジメント側がサポートしていくことが重要だと髙田氏は話します。
まとめ
髙田氏は、人事部門へのコーチング導入について、
「まずは人事からコーチングスキルを習得すべきと思っています。しかし最終的には、うちのメンバーがそのスキルを使って、社員との面談であったり、それこそ人材育成プログラムを作ったり...といった形で、人事としてビジネスに貢献していくことを私は期待している」
と締めくくります。
このソニーの実践事例が示すのは、人事部門の役割を「制度の運用者」から「社員の成長と組織の変革を触媒する戦略パートナー」へと進化させる明確な道筋です。
コーチングがもたらす「行動変容」と「マインドセット」は、人事部門がビジネスの現場を深く理解し、多様な社員の成長を支援することで、全社的なミッション達成の核となります。
まずは人事部門から変革し、そこで培われたコーチングのスキルとマインドを全社へ波及させること。 これこそが、ソニーの国内外で実践されている、強い組織づくりに向けた人事戦略の確かな一歩と言えるでしょう。
インタビュアー:青木 裕

Interviewer
青木 裕
ビジネスコーチ株式会社 常務取締役
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
明治大学卒業後、システム開発会社に入社。
プログラマーとして現場でプログラミングからスタートし、SE、プロジェクトリーダーなど
主に一部上場企業で使われるWeb系の業務アプリケーションの構築に従事する。
2006年、ビジネスコーチ株式会社に参画。マーケティング マネージャー、スクール事業部長、プロモーション事業部長、執行役員、常務執行役員を経て、2018年12月より現職。