孤高のリーダーから、「はしごをかける」リーダーへ            ~成人発達理論が示す、支援と自立のあいだ~

奥野雄貴様 ご執筆 Vol.2

前回、成人発達理論の視点から「成長」のメカニズムについて紐解いていただいた奥野氏。個人の知性がどのように深化していくのか、そのプロセスに多くの反響をいただきました。

第2回となる今回は、日本で長く理想とされてきたリーダー像に焦点を当てます。
圧倒的な力を持ち、背中で語る「孤高のリーダー」は、なぜ今の現場で限界を迎えつつあるのか。

心理学者ヴィゴツキーの「最近接発達領域(ZPD)」と、それを支える「スキャフォールディング(はしごをかける)」という概念をキーワードに、これからの時代に求められる、上司と部下が共に成長し合うための「しなやかなリーダーシップ」のあり方を描き出します。

理想のリーダーとは

あなたにとって、理想のリーダーとはどんな人でしょうか。
これまで出会ってきた「尊敬できる上司」を思い浮かべてみてください。

集団の先頭に立ち、いつもポジティブに励ましてくれる人でしょうか。
それとも、多くを語らず、必要なときだけ静かに背中を押してくれた人でしょうか。
あるいは、細かく指示はしないけれど、「見ていれば分かっている」と感じさせてくれる人だったかもしれません。

最近であれば、前回優勝を果たしたWBCの大谷翔平選手やダルビッシュ優選手のような存在を思い浮かべる人も多いでしょう。

圧倒的な成果を出しながら、仲間とはユーモアを交えて関わり、
一方で、自分がやるべきことには驕らず、淡々と向き合い続ける。

私たちがそこに惹かれるのは、単なる強さや成果ではなく、
自分の軸で立ち続けるしなやかさなのだと思います。

そして、その延長線上には、日本で長く理想とされてきた圧倒的な力を保持する「孤高のリーダー」の魅力があります。

孤高のリーダー像は、どこから来たのか

日本では長く、「理想のリーダー像」として、どこか孤高で、動じず、最終的には一人で決断できる人物像が語られてきました。

他者に頼らず、弱音を吐かず、自分の背中を見せて人を育てる人。
このリーダー像は、決して偶然に生まれたものではありません。長年維持されてきた安定した雇用環境、仕事を通じて人が育つという前提、そして「言葉にしなくても分かるはずだ」という、日本文化特有の暗黙知。

そうした土壌の中では、多くを語らず、黙ってやってみせるリーダーが、実際に機能していた側面もありました。そこには確かに美学があり、美徳としても語られてきました。実際、その姿に憧れてきた人、救われてきた人も多いでしょう。かくゆう私自身もその一人です。

一方で、管理職やリーダーの現場からは、こんな言葉を耳にすることがあります。
「これだけ教えているのに、なぜ自分で考えられないのか。」
「人が育たず、結局は自分がプレーイングマネージャーをやらざるを得ない。」

本当は自分で考えて進めてほしい。本当は意思決定を任せたい。
けれど、進捗や成果が見えず、意図が噛み合っていないのではないかという怖さがある。権限と責任のバランスを図ろうとするなかで結果として、これなら自分でやったほうが早いし、安全だという判断を、今日もまたそちらの道を選んでしまう。

その繰り返しの中で、部下だけでなく、リーダーであるマネージャー自身もまた、徐々に疲弊していきます。

この違和感は、本人の意欲や、教え方の技術だけでは説明しきれません。
もっと根深いところにある、「発達とはなにか」という問いと関係しているように思うのです。

最近接発達領域:発達とは「二人でできることが、一人でできるようになる」こと

発達心理学者のレフ・ヴィゴツキー は、発達を次のように表現しました。
発達とは、「他者と一緒ならできたことが、やがて一人でできるようになるプロセスである」

ここで重要なのは、最初から一人でできる必要はない、という点です。
むしろ発達は、「一人ではまだできない領域」でこそ起こるのです。

ヴィゴツキーは、この領域を最近接発達領域(Zone of Proximal Development/ZPD)と呼びました。

最近接発達領域とは、いまの自分一人ではできないけれど、適切な支援があれば取り組める領域のことです。つまり、発達とは、できない状態から、いきなり自立することではありません。適切な支援を受けながら取り組み、その支援が徐々に不要になっていくプロセスなのです。

支援は、甘やかしでも、未熟さの証明でもありません。発達が起きるための条件です。
裏を返せば、支援が一切ない環境では、人は自立していくというより、不安を抱えながら何とかやり過ごすか、挑戦そのものから退いていくことが起きやすくなります。

それは成長を促す環境とは正反対の失敗を恐れるからこそ、長期軸でみればリーダーや上司に正解を求め続ける環境を助長することにしかなりません。

スキャフォールディング──「はしご」をかけるという支援

ここで、もう一つ重要な概念があります。日本語では「はしごをかける」と訳されるスキャフォールディング(scaffolding) という概念です。

たとえば、家を建てるとき、いきなり高所で作業はできません。
一時的にはしごをかけることで、初めて安全に確実に作業を進めることができます。人の成長も同じです。スキャフォールディングとは、相手が発達のプロセスを歩めるように、はしごをかけるような支援を指します。

たとえば、子供がはじめて自転車に乗るときを思い浮かべてみてください。
子どもの自転車にはまずは補助輪をつけ、保護者に支えられながらペダルをこぐ練習をする。慣れてくれば支えの手を緩め、バランスをとり、やがて補助輪を外していく。

このように、できるようになるまでは必要な足場となるはしごを差し出して、不要になったらはしごはまた違うものに架け替えたり畳んでいく。支援とは、依存を固定化するためのものではなく、自立を可能にするための、一時的な構造物なのです。

ここで扱っている発達は、子どもや新人だけの話ではありません。人は大人になってもなお、ものの見方、意味づけの枠組み、関係性の捉え方を更新し続ける存在だと考える「成人発達理論」でも大切な私たち誰にでもあてはまる視点です。

つまり、リーダーも、そして部下もまた「すでに完成した存在」ではなく、関係性の中で発達し続ける一人の人間なのです。この視点に立つと、支援やはしごは、単に部下を育てるためのものではなく、リーダー自身の発達をも促す場でもあることが見えてきます。

リーダーの役割は、答える人から「はしごをかける人」へ

この視点に立つと、リーダーの役割も少し違って見えてきます。

リーダーとは、すべてを教える人でもなく、すべてを任せて突き放す人でもない。リーダーとは、相手の状況や能力に応じて適切なはしごを差し出す人です。

部下がまだ一人では越えられない問いに、ともに立ち止まり、考え、言葉にする存在。

たとえば、まだ経験の浅い部下に、「どう進める?」と丸投げするのではなく、最初は選択肢や判断軸を示しながら一緒に考える。そして慣れてきたら、問いの数を減らし、判断を委ねていくこと。

たとえば、会議で意見が出ないときに、「自由に考えて」と突き放すのではなく、論点や前提を整理し、「どこで判断が分かれそうか」を一緒に確認すること。

そのはしごがあることで、部下は安心して自分の意見を出せるようになります。
こうした仕事は、最初から一人でできる人はほとんどいません。

しかし、適切な情報提供、問いかけや思考の整理、そもそも「一緒に考えてもいい」という関係性があれば、人は少し背伸びをしながら取り組むことができます。

少し背伸びを楽しみながら、現実に背丈も伸びていくプロセスをともに実感する。
これこそが、部下やチームの発達を支援する理想のリーダーなのではないでしょうか。

さらに、成人発達理論の視点に立つと、はしごは常に「上司から部下へ」一方向に差し出されるものとは限りません。

たとえば、部下の素朴な問いが、上司の前提を揺さぶることがあります。
若い世代の価値観や違和感が、リーダー自身の思考を一段深めるはしごになることもあります。
このとき、立場は変わらなくても、はしごを差し出しているのは部下の側です。

成人発達理論が示しているのは、発達とは個人の中だけで完結するものではなく、関係性の中で、相互に立ち上がっていくプロセスだということです。その関係性の中で、「二人でできていたこと」が、ある日ふと「一人でできること」に変わっていく。
適切なはしごをかけ続けていくこと。発達とは、そうした地道で、コツコツとした、静かな移行の積み重ねなのだと思います。

結びにかえて

孤高のリーダー像は、今もなお多くの人を惹きつけます。揺るがない軸を持ち、結果で語る姿は、確かに美しい。

ただ、これからの時代に求められるのは、「一人で立てる強さ」だけでなく、
チームとしてお互いを支援するためのはしごをかけられるしなやかな強さではないでしょうか。

孤高であることと、支援することは、対立しません。むしろ、両立するとき、リーダーシップは一段と深まるのだと思います。

この記事のポイント

・日本で理想とされてきた「孤高のリーダー像」には、歴史的・文化的な背景がある  
・発達とは「二人でできたことが、一人でできるようになる」プロセスである  
・成長には、最近接発達領域(ZPD)と適切な支援が不可欠である  
・スキャフォールディングとは、成長のための一時的な「はしご」を差し出す支援である  
・リーダーの役割は、答える人から「適切なはしごをかけ続ける人」へと変わりつつある

この連載が、あなた自身が立ち止まり、考えを深めるきっかけになれば幸いです。

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